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2004年07月24日

ゼネラリストと「永遠のアマチュア」

 ある人がわたしを紹介するのに「文章と映像のスペシャリスト」という表現をして下さったことがあります。面映い気持ちでした。
 まずは三点その要諦を挙げ、続いて「専門化とアマチュア主義」について少しだけ考えてみます。

 第一に、映像に関してはおよそスペシャリストではありません。長いこと映像を扱ってはいましたが、完全に自己流叩き上げです。多少はお金を頂いて撮ったこともありますが、正式な職人的訓練は受けたことがありません。
 第二に、文章に関しては色々な形で「プロ」をやってはいますが、「文章のプロ」というのは少し形容矛盾的なところがあるのです。
 「書くという行為自体が一つのスキル」という面もあるにはありますが、やはり原則として「何を書くか」でしょう。少なくともいわゆるライター仕事というのは、文書作成能力よりはむしろ知識が、そして知識よりは遥かにリサーチ力と柔軟性、コミュニケーション能力(口八丁手八丁)が問われるものです。
 ただし、「文章とは内容が勝負だ」などとは間違っても思っていません。むしろその反対の考えを信奉しているからこそ、「『文章のプロ』は形容矛盾だ」と言っているのです。
 実際にやっている人には自明ですが、ものを書くというのは対象があって初めて成り立つというより、状況にあわせて素早くレスを返す行為です。営業トークと一緒です。友人の翻訳家が「翻訳は知識じゃない、リサーチ力だ」と主張していましたが、その通りです。持っている知識より、その場で必要な情報を短時間でどこかからひっぱってくることが大切なのです。これに「もっともらしさ」をプラスし、五分前に知ったことを十年前から熟知しているように語る詐欺師的センスが威力を発揮します(ちなみに、教師という仕事も同じです)。
 さらに言えば、テクストそのものの価値が問われる文芸的領域については、何も書くことがなくなってからこそが本当の勝負です。思ったことなど書きません。「考えているけど書けない」などという人は必ず考えていません。考えてから書こうなどとするから書けないのであって、考える前に書くのです。世界に対する感応力だげが最後の砦であり、書くという行為は煎じ詰めると「空っぽになること」です。だから、「文章のプロ」という表現は色々な意味でしっくりこないのです。
 第三に、そもそもわたしは「スペシャリスト」を一概に良いこととは思っていません。職人的な意味での「プロ」であるということは、どこか去勢されてしまう面があり、ことの核心から離れてしまうことが往々にしてあるのです。「テクニカルライター」から「テクニカル」なところを取ってなお残るような「純粋書記」的部分にこそ、本当に美しいものが宿るからであって、しかもその領域というのは職業としては成立しないものなのです。

 もちろん、わたしにも人並みな「プロ」への憧れがあります。それどころか、人一倍職人に嫉妬し続けてきました。職業的な意味で仕事を成り立たせられるのはいわゆる職人であり、社会的な位置づけも受け、自信にもつながります。
 ただ、そこに訓化されてしまうことは書記自体の可能性を裏切ることでもあり、羨望と侮蔑の入り交じったような複合的な感情を抱いているのです。
 また、世の中が「職人志向」であることに対する反感もあります。スキルだのキャリアで人が語られる度に、言い知れぬ不快感が込み上げてきます。一見「実力主義」な正当な世の中になってきたようで、実は間に合わせの即戦力ばかりが重視される余裕のない状況に追い込まれているだけだからです。そんな自転車操業のような人間の使い方ばかりでは、本当に柔軟で底力のある人材が育つとは思えません。
 
 『知識人とは何か』の中で、エドワード・W・サイードは「現代の知識人はアマチュアであるべき」と語ります(註)。「ヒモ付き専門家に何が言えるか」というちょっとナイーヴな意味もあるのですが、それだけではありません。知識人とは「永遠に呪われた亡命者」であり、かつ亡命者とは単なる故郷喪失者(あるいは職業的「専門化」を受けない者)ではないのです。

追放/亡命の身になることは、生まれ故郷から完全に切り離され、孤立させられ、絶縁状態になることと一般に考えられているが、これはまちがった考えかたである。(…)ほとんどの追放者/亡命者にとってなにがこまるかといえば、故郷を遠く離れて暮らさなければならないということよりも、むしろ、今日の世界では、自分が追放/亡命の身であることを、いやでも思い知らせるおおくのものに囲まれて暮らさなければならないということなのだ。(…)それゆえ、追放/亡命の身の者が位置付けられるのは中間的状況である。(…)生き残りの術にたけることが至上命令となるが、新たな環境にすっぽりとはまり、なじみすぎないようにたえず警戒もしていなければならない。

 専門化(あるいは去勢=人間化)から無縁で生きられるわけもありませんが、一方で「専門化されきる」ことも幼児的幻想です。わたしたちに「課せられている」ものがあるとすれば、それは「歯車になる」ことでも「歯車を拒否する」ことでもなく、「ダメな歯車としてとりあえず回り続ける」ことなのです。
 「西東京お散歩随想」でも書きましたが、真理はmarginalなものにこそ宿ります。単に「権力にくみするな」などと脳天気なことを言っているのではなく、「割り切る」ことが必要であるにせよ「割り切り切る」ことなどもとより能わぬという現実にこそ耐えよ、ということです。
 例によってラカンに引き付けて言い換えるなら、よくある「去勢により大文字の他者=象徴界に組み込まれてこそ真人間」的な誤読を連想すべきです。ラカンを正確に読むなら(正しくは、「正確に流し読む」なら!)、その他者とは滑稽な「裸の王様」であり、「何も言わない神様」を指していることは自明です。バトラーではないですが、「象徴界」などとカッコ付きで言ってしまった途端、それ自体が一つのイマジネールな想定物に堕してしまうのです。誰もそんなにすっきりと「オトナ」になったりはしません。
 ただし「残った部分に人の本質がある」などと「コドモ」をひけらかすのとは違います。そこにあるのは「かつて本質であった何か」という肉の残り香であり、ただの痕跡です。ですが、その匂いへの固着こそが人を生かす幻想をドライブしているのであって、呪いから自由になることもまたないのです。
 そしてこの「煮え切らなさ」こそが「人生のアマチュア」なわたしたちです。わたしたちは全的に「アマチュア」でいることはできませんが、「アマチュアであった何か」への形にならない思いが、システム内的なプロフェッショナリズムを具象化するのです。プロであるということは「何か」のプロであることですが、その「何か」を指示するのはプロフェッショナリズムではありません。失われた「アマチュア」ぶりが「何か」へとわたしたちを駆り立てるのです。逆説的にも、「プロであること」は「アマチュアであること」に支えられてはじめて成り立つのです。


 『ヘンリー・フール』『フラート』のハル・ハートリー監督に、『アマチュア』という作品があります(残念ながらビデオDVDになっていないようです。『シンプルメン』もない!)。元尼僧の女ポルノ小説家が記憶喪失でマフィアに追われている男と様々な出来事を経て恋に落ちていく物語です。
 二人とこの男の元情婦、そして経理屋が、国際的な犯罪組織との駆け引きに絡んでいくのがストーリーの大枠なのですが、犯罪サスペンス調では全くありません。それぞれに真剣さはあるのですが、どこか状況から身を引いていて、一所懸命なのだか悠然としているのかわからないのです。シチュエーションとしては抜き差しならないはずなのに、状況に一体化し切っていないのです。浅薄なストーリー映画的演出に対するアンチでもあるのですが、それだけではありません。この映画は四人の「人生のアマチュア」を描いているのです。
 個別の状況が一人の人間を完全に支配することなど、それこそ映画の中でしかあり得ない話です。英雄的な消防士でも家に帰れば出逢い系サイトにアクセスしているかもしれませんし、そこにはそこでまた一つ別の物語があります。アムロがトイレに行く場面はテレビに映りません。わたしたちは常に物語に対する余剰を抱えているのであり、つまりは「アマチュア」なのです。

 個人的には、宙ぶらりんなまま「不完全な女」あるいは「変な男」(去勢された!)として生きるトランスの人生について連想しないではいられません。「潜伏」というスタンスは、尚更亡命者的でもあります。

註:個人的には、サイードのテクスト一般にはそれほど惹かれるわけではありません。文献学者としては一級なのかもしれませんが(この点に疑問を挟む向きもありますが、とりあえず不問)、思考の枠組み自体を揺るがす効果があるものには思えないのです。「パレスチナ生まれの批評家」「政治的発言もいとわない」といったところから半端な注目の仕方をするのであれば、それこそ「オリエンタリズム」のトラップにはまっていることになります。
ただし、米国などでみられる「経歴詐称」等の中傷的読解はまったく問題外です。

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said_chisiki.jpg『知識人とは何か』E.W.サイード
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『オリエンタリズム』E.W.サイード

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