良い病院選びと治療成績公開
はじめに:
以下の記事は2004年6月に書かれたものですが、その後目にした優良病院評価本を補足しておきます。
『失敗しない医者えらび 納得して医療を受けるための45のヒント』日経メディカル
病院ランキングの解読法自体を解説している良書です。
『全国優良病院ランキング 医師1万5000人に聞いた』 日経メディカル
同じ日経メディカルからの病院評価本ですが、開業医の先生へのリサーチにより一般病院を評価する、というユニークな方法をとっています。この本についてはこちらに別の記事があります。
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病院選びについて考えてみます。
みなさん、何を基準に病院を選ばれますか。世間で一番大きいのは「知人の紹介、評判」らしいです。その後に諸々の宣伝情報が並びます。
確かに評判というのは大切です。実際に治療を受けた人、しかも知人の声ですから、大いに参考にして良いでしょう。ですが「心臓バイパス手術を受けないと助からないと言われた。本当に必要なの? 腕の良い先生は?」などというかなり切羽詰まった状況で、近所のオバチャンだけ頼りにするわけにもいかないでしょう。
「本当に良いお医者さんを探したい」というのは、とても重く、しかも長いテーマですから、色々とヨモヤマ話があります。
ちょっと前に話題になったのが、
『患者が決めた!いい病院』オリコン・メディカル株式会社
です。病院のオリコンチャートです。
「患者が決めた!いい病院」サイトもあります。サーチ機能は動いていませんが、実はYahoo!ヘルスケアにデータ提供しているので、簡単なランキングはそちらで見られます。ただ並んでいるだけなので、深刻な状況では参考にできると思えませんが、目安程度に。
容易に想像がつくように、この本には医療従事者から批判が相次ぎ、有識者の間でも疑問視する声がありました。確かに「素人」の声だけからチャートを作っても、本当に実力のある医院が評価されるとは限りません。これだけを参考にするのでは、パソコンを買う時にスペック表を確認しないで噂のみで決めるようなものです。
しかし、こういう本がヒットしてしまうということは、それだけ患者さんが情報に飢えているということです。皆さん、何を基準に病院を選んだら良いのやら、混乱しているのです。
わたしたち素人にとって、とりあえずわかりやすいのは症例数でしょう。ある病気の種類をどれだけ診ているか、ある種類のオペを年間何件こなしているか、ということです。数が多いほど経験豊富で治療成績が良い、と言われています。
「心臓手術 目安は年100件」 讀賣新聞より
「もし、あなたが『心臓バイパス手術』が必要な患者になった時、どんな基準で執刀医を選びますか」
内科、外科の心臓治療の専門医ら約350人を前に司会者が問いかけた。手元のスイッチで選択、即座に集計。「年間百件以上手術をしている医師」との回答が八割を占めた。昨年10月、神戸市で開かれた医学会の研究集会でのことだ。
会の運営委員の一人、大和成和病院(神奈川県)の心臓外科部長南淵明宏さん(45)は「手術の質を維持するには、数を重ねて腕をならしておく必要がある。それに内科医は信頼できる外科医に患者を紹介するので、手術件数は実力の指標になる」と言う。
南淵明宏先生というのは、マンガ『ブラックジャックによろしく』の北島先生のモデルになったという、有名な心臓バイパス手術の鬼です。
『ブラック・ジャックはどこにいる? ここまで明かす医療の真実と名医の条件』
『心臓外科医 僕が医療現場をあえて世間にさらけ出す理由』
著書を拝読するとひしひしと伝わってきますが、熱い漢です。情熱と冷静さが兼ね備わった孤高の人です。
手術件数によるランキング本も出ています。
『日本全国病院〈実力度〉ランキング 「症例数」で選ぶ病院ガイドブック』
『日本全国病院〈実力度〉ランキング 症例数が多い病院は医療の質が高い』
ちなみに、バイパス手術など動脈硬化性の心臓病では、小倉記念(福岡県)新東京(千葉)葉山ハートセンター(神奈川)岸和田徳洲会(大阪)大和成和(神奈川)兵庫県立姫路循環器病センター(兵庫)岩手医大病院(岩手)などが上位ランクです。
厚生労働省中央社会保険医療協議会も「一定の手術件数に達しない医療機関への診療報酬を3割減額」という方針を打ち出したのですが(2002年3月)、医療機関の猛反発にあい、半年足らずで大幅に基準を緩和しました。田舎の公立病院にもおしるし程度の心臓外科があったりする状況を打破し、拠点病院にスペシャリストを集めてレベルを上げていこう、という実にもっともな方針に基づくものなのですが、診療報酬による誘導だけではうまくいかないでしょう。
なお、上の記事には心臓外科手術年間100件以上の病院リストがあり、心臓カテーテル年間200件以上病院リスト、肺がん手術など年50件以上の病院リストもあります。
南淵先生に続いて「世界のブラックジャック」と話題になった脳外科医福島孝徳先生も、著書の中で医師の情報公開を強く訴えています。先生ご自身、患者さんに対し自分の経験、手術件数、成功率をすべてお話されているそうです。
『ラストホープ 「神の手」と呼ばれる世界TOPの脳外科医』
ちなみに、福島先生の年間手術件数は900件。年100件でも多いと言われる中、化け物です。今までのオペ歴は、下垂体腫瘍1500、顔面痙攣3100、三叉神経痛2100、聴神経腫瘍2100、髄膜腫 1200、動脈瘤1500とのこと。この幅の広さも尋常ではありません。足袋姿でオペ室に入り手術用顕微鏡を駆使するゴッドハンドです。ちなみにお父様は神主さんなのだそうです。
ドラマーでゴルフ好きな先生は道具をとても重視しているのですが、オリンパスの顕微鏡開発者のキャディーライクなコメントが載っていたり、周囲の声を中心とした本です。さらに旭川赤十字病院第一脳神経外科部長上山博康先生を筆頭に、福島先生が「自分が病気になったら頼みたい」ドクターリストが収録されている特典付きです。ちなみに、この旭川赤十字病院は評判の良く、院長の後藤聰先生がブロガーというコアな病院です。
両「ブラックジャック」の主張しているのは病院ではなく医師の成績評価なので、正確には少し話が違います。また、病院評価という意味では手術件数が必ずしも治療成績を反映していないという発表もあります。
オフィシャルな病院評価機関としては、1995年に厚生省・日本医師会・日本病院会などが出資して発足した財団法人日本医療機能評価機構があります。「病院を始めとする医療機関の機能を学術的観点から中立的な立場で評価し、その結果明らかとなった問題点の改善を支援する第三者機関」とのことです。
日本医療機能評価機構では認定証が発行していて、こちらに認定病院一覧があります。ですがこれは、病院の総合力の指標であって、疾患ごとの成績評価とは異なります。スペック表としては大雑把すぎる印象を拭えません。「御上のくれる認定シール」のようで、今一つ当を得ません。Minds 医療情報サービスというサイトを公開、さる5月11日には診療ガイドライン(標準治療法)を公表したりしています。
約1600の健保団体が加盟する「健康保険組合連合会」による病院選びのためのホームページけんぽれん病院情報というのもあります。病院プロフで治療成績を公開していますが、これは病院自身によるデータで、しかも網羅的なものではありません。ただ、病院サイトをいちいちまわっていくよりは便利でしょう。
書籍としては、
『医者がすすめる専門病院』ライフ企画
各地域版があるこのシリーズが定番ではないでしょうか。各々の地域の専門医150〜300人に「自分がもし病気になった時、どこの病院の科にかかりますか」とアンケートをして、基準票以上を獲得した科だけを収録し、スタッフ、特色、症例数・治療・成績、医療設備、外来診療、医師略歴が掲載されています。時々勧められている先生が誇らし気に待合い室に置いていたりします。
特に気になるのは「症例数・治療・成績」です。単に愛想の良い先生に診てもらえれば満足、という人は止めませんがが、やっぱり病院ですから治してもらわないと困ります。癌の治療では治療法と5年生存率、心臓病では手術死亡率が収録されています。
5年生存率というのは非常によく使われる指標です。
日経BPの連載「がんの治療成績を読む」は大変参考になります。厚生労働省の研究班との協力によるもので、様々ながんについて、がん拠点病院におけるステージ毎治療成績が非常にわかりやすくまとめてあります。データ元との関係で一部病院名が伏せられているのが残念ですが、ネット上にこれだけ明解なものをアップしているだけでも喝采ものでしょう。がんになったら即チェックです。
大阪府がん診療拠点病院でも府下拠点病院における手術数や生存率をリスト化しています。大阪府民は参考にしてみてください。
インターネットで日本人に多い五大ガン肺、胃、肝、大腸、乳がんの5年生存率をすべて公開しているのは、以下の病院です。埼玉県立がんセンター、武蔵野赤十字病院、日本医科大付属多摩永山病院、静岡県立総合病院、愛知県がんセンター、大阪府立成人病センター、鳥取県立厚生病院、高知中央病院、国立病院機構九州がんセンター、麻生飯塚病院。
ただ、このようなデータがすなわち「良い病院」を示しているかというと、簡単ではないでしょう。「胃ガンの5年生存率」などと言っても、どのステージの患者さんだったのか、手術適応、合併症や併存症、治療法は、などと様々な要素が絡みます。重い患者さんを積極的に治療している拠点病院の成績が悪くなり、簡単な症例だけ選んでいるようなところが良い点数を取ってしまう可能性もあります。余りに断片的な数字だけで治療成績をとらえる風潮が広まると、「成績を上げるために取りあえず切る」といった暴走もおきかねません。
医療者サイドには治療成績の公開に反対する声が少なくありません。「ダメな医院が嫌がるから」というのも中にはあるでしょうが、半端な公開ではかえって誤解が広がる可能性が否めないのです。
そうはいっても、現状では患者サイドが手に入れられる情報に幅がなさ過ぎるというのは事実でしょう。完全とはいかないでしょうが、暫定的にでも基準を作って、徐々に洗練させていく営みが必要なのではないでしょうか。紋切りな言い種になってしまいムズムズしますが、情報公開というのは「素人」サイドの冷静さと自己研鑽がセットになって初めて意味を成すものです。
国立病院機構が、がんや循環器病など20分野で治療成績を評価する臨床評価指標を定めたという報道(毎日新聞)がありましたが、成績を公開するかどうかは未定のようです。
大規模病院長、公開に9割賛成(毎日新聞)というニュースもありますが、一歩間違えるとこの頃の「自己責任」論のように単なる権威筋の責任放棄になりかねないですから、医療者サイドと同時に患者側にも意識の改革が求められるでしょう。
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補遺:骨髄バンク128認定病院、移植成績公開へ(日経新聞)によると、骨髄移植推進財団(骨髄バンク)は認定病院の移植成績を詳しく公開することを決め、来年度から実施するそうです。
他にもいくつかの点を補っておきました。(040609)